生活

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中国語は発音が難しい。

 

中国から帰ってきてから、毎日中国語を勉強している。NHK中国語講座を見つつ、参考書を用いて発音を学び、we chatというアプリで中国人に発音をチェックしてもらっている。中国の人たちは発音が違うと意味がわからないと厳しく指摘してくれ、発音の難しさを感じている。だが褒めてくれる時はとてもオーバーでそれが心地いい。子供の頃漢字や漢文を収集していたことや発音のリズムに興味惹かれることもあって、自分には中国語が向いているらしい。

 

思えば、中国はそれほど「興味がないけど近くにある国だし少し知りたい」ぐらいの温度だった。べつに中国語を履修していたわけでも、中華や辛いものが好きなわけでもない。だから中国に行くことが決まってから、少し中国語を勉強していこうかと思ったものの全くモチベが続かず結局勉強しなかった。ただ皆で海外でプロジェクトをしたい、そして北海道という地域を伝えたいという気持ちで中国へ行くことにした。

 

中国では交流漬けで、 1 国語学科との交流 2 小学生との交流 3 中共同で大学祭の開催の3つを主に行った。

僕たちはプロジェクトをやりに行ってるので、あまり外には出歩かず、準備に時間を割こうと教室の中で看板を作ったり料理を作ったりしていた。

時にはホテルにもどってからも色塗りとかポスターを作ったりしていた。

 

いろいろな問題もあった。 小学校で配ったお菓子の産地が茨城県で、放射能汚染されているのではとクレームがついたこと、

電圧の違いで着ぐるみの充電器が壊れてしまったこと、

他にも会場に電気が通らなかったり、それで電気コンロをおけなかったり、音響が壊れたり、 写真撮影を注意されたり、 天候がずっと悪かったり、

予想していたトラブルも、予想していなかったトラブルも起きた。しかし、日本で経験すると間違いなくクレームをつけたくなるようなことも、中国では、雑然とした空気感や人の多さ、土地のスケール感が渾然一体となって細かいことは気にしなくていいやという気分になってしまう。イベント会場は全く使用されていなさそうな廃墟ちっくな場所であったものの、そんなことすら気にもならなかった。

 

南昌の大学生たちはすごく親切であった。よくイメージされる「爆買い」に代表されるような我の強く自己主張をする中国人像とは少し違っていて、おおらかな人がおおかった。人見知りの人もおしゃべりな人もいて、日本人と大して変わらないような気がした。南昌からの中国人留学生からは中国人は街中でもけんかするし、きついしゃべりかたをすると聞いていたが、中国語がわからないのでそれも分からなかった。会場を閉める時、警備員のおじさんが怒鳴りちらしていたが、日本にもそのようなおじさんは意外といるし文化の差だとは思わなかった。強いて日本と違うのは直接的に表現しなければ伝わらず、回りくどい言い方はあまりしない点だろう。

やり取りの中に端的な言い方が多いと感じた。

 

大学は広く、大学の中にすべてがあった。食堂は第1~第5食堂まであり、普通の飲食店や高級レストラン、スーパーマーケット、屋台、パン屋、雑貨屋、印刷業者、散髪屋、住居、必要なものは何でも揃っていた。1元で乗れる自転車があり、それに乗ればほとんどの場所を移動できた。遠くだとめんどくさくていいかと思うことでも近くだといってみようという気になり、大学にいながら様々な食を体験できた。食は日本食のような細やかさはないが、大量の火、油、化学調味料、スパイスを用いて、豪快に作っていて、油と辛さと塩分をがっつり味わうことができた。

 

せっかく中国に来たのだからとたまに大学外へも足を運んだ。

中国人学生が親切に提案してくれることは何でもやってみようとそんなに好きでもないバーとかもいってみた。せまいところが苦手な僕にとって人口密度が多くぎゅうぎゅうになって座った座席は不快で、ぼーっとしていたが、人が減ってからやったサイコロのゲームは面白かった。僕は中国語が話せずサイコロしかやらないから、相席にいた女の子はつまらなそうに帰って行った。たばこも何回かもらった。そんなにたばこも好きではないが、『たばこをすってるとかっこいいかも』という背伸び感と相手とおなじ空間を共有したいという思いで久しぶりに吸ってみた。意外と味は悪くなかったが、シンプルで薄いテイストで余り何も感じず何回か吸ってみて飽きがきた。

 

ほかにも滕王閣という中国の名所にいったり、最終日には中国式カラオケにも行ったりした。滕王閣での建物の上から眺める南昌の景色は、観光的にイメージされる中国像で、長い歴史や伝統の蓄積から来る風流を、建物が残っていなくとも連想させた。流れる川の大きさや空の高さから、異国の大地の大きさを感じた。カラオケでは日本と中国の歌を歌い、中国の歌の情緒に直接訴えかけてくる響きを知った。

 

僕の見た中国は細かいことを気にしないスケールの大きさがある国だ。裏を返せば大ざっぱで、日本のような細く複雑なコンテクストを持った表現は通じず、わかりにくいものは避けられる。政治的な言論の自由がなく、インターネットも規制されている中国が自由であるように感じたのは、大局的に大きく考え、個人が他人のふるまいに余り気を払わないことからであろう。学内でキックボードをしている人もいたし、歌を歌っている人もいた。そもそも多種多様な個人が雑然と生きている空間でいちいち人のふるまいに気を払っていればきりがない。そうした空間で過ごした期間は僕の心に新たな「中国らしさ」という引き出しを作った。そのひきだしが正しいのかわからないが、中国人は世界中どこにでもいるので世界のどこへ行ってもまた中国と向き合うことになるであろう。

 

中国から帰ってきてから、毎日中国語を勉強し、中華料理を作っている。そのモチベーションの源泉がどこの体験に由来するのかはわからない。ただ一つ言えるのは、自分一人では何もできなかったことだ。仲間に感謝すると同時に悔しさがあった。英語が話せれば、どこでも何とかなると思っていたが、何とかならない場所がたくさんあった。相手に与えられてばかりで、自分が与えられることは少なかった。

何かを食べに行く時も、料理を作る時も日本語ができる人の手助けなしに伝えきることはできなかった。 コミュニケーションが好きで、直接伝えたかった僕にとって、それが少し悔しかった。