生活

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感情の認知と表出

どんな感情の種類があってどんな風に表情として現れるのかな

 

めちゃくちゃ怒った風に見えても全然怒ってなかったり、表情では怒っていなくても内心怒り狂っていたり

 

悲しいときに大声で泣く人よりも、泣き声や表情を抑えている方が実は悲しんでいたり

 

人は表情からその人の感情を察するけど、とりわけ日本人は表情と感情の差分が大きい気がする

また表情ひとつっても目や口角などに分けられるし、声や言語にも感情は表出する

またそこに恣意的な操作がからんだり、からまなかったり

 

ただ中国語には四声があるから声に音声の制約があって感情は乗せにくいだろうな

 

日本人は感情かくすためにほほえみまくるけど、外国人はそれほどほほえまないらしいし

 

そういう異文化間の感情の表出の違いを明らかにすることで、ノンバーバルなコミュニケーションのスタイルとかをもっとしりたい

 

 

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 3400円 一袋あたり567円 これを朝飯とおやつ代わりにしていこう

中国語は発音が難しい。

 

中国から帰ってきてから、毎日中国語を勉強している。NHK中国語講座を見つつ、参考書を用いて発音を学び、we chatというアプリで中国人に発音をチェックしてもらっている。中国の人たちは発音が違うと意味がわからないと厳しく指摘してくれ、発音の難しさを感じている。だが褒めてくれる時はとてもオーバーでそれが心地いい。子供の頃漢字や漢文を収集していたことや発音のリズムに興味惹かれることもあって、自分には中国語が向いているらしい。

 

思えば、中国はそれほど「興味がないけど近くにある国だし少し知りたい」ぐらいの温度だった。べつに中国語を履修していたわけでも、中華や辛いものが好きなわけでもない。だから中国に行くことが決まってから、少し中国語を勉強していこうかと思ったものの全くモチベが続かず結局勉強しなかった。ただ皆で海外でプロジェクトをしたい、そして北海道という地域を伝えたいという気持ちで中国へ行くことにした。

 

中国では交流漬けで、 1 国語学科との交流 2 小学生との交流 3 中共同で大学祭の開催の3つを主に行った。

僕たちはプロジェクトをやりに行ってるので、あまり外には出歩かず、準備に時間を割こうと教室の中で看板を作ったり料理を作ったりしていた。

時にはホテルにもどってからも色塗りとかポスターを作ったりしていた。

 

いろいろな問題もあった。 小学校で配ったお菓子の産地が茨城県で、放射能汚染されているのではとクレームがついたこと、

電圧の違いで着ぐるみの充電器が壊れてしまったこと、

他にも会場に電気が通らなかったり、それで電気コンロをおけなかったり、音響が壊れたり、 写真撮影を注意されたり、 天候がずっと悪かったり、

予想していたトラブルも、予想していなかったトラブルも起きた。しかし、日本で経験すると間違いなくクレームをつけたくなるようなことも、中国では、雑然とした空気感や人の多さ、土地のスケール感が渾然一体となって細かいことは気にしなくていいやという気分になってしまう。イベント会場は全く使用されていなさそうな廃墟ちっくな場所であったものの、そんなことすら気にもならなかった。

 

南昌の大学生たちはすごく親切であった。よくイメージされる「爆買い」に代表されるような我の強く自己主張をする中国人像とは少し違っていて、おおらかな人がおおかった。人見知りの人もおしゃべりな人もいて、日本人と大して変わらないような気がした。南昌からの中国人留学生からは中国人は街中でもけんかするし、きついしゃべりかたをすると聞いていたが、中国語がわからないのでそれも分からなかった。会場を閉める時、警備員のおじさんが怒鳴りちらしていたが、日本にもそのようなおじさんは意外といるし文化の差だとは思わなかった。強いて日本と違うのは直接的に表現しなければ伝わらず、回りくどい言い方はあまりしない点だろう。

やり取りの中に端的な言い方が多いと感じた。

 

大学は広く、大学の中にすべてがあった。食堂は第1~第5食堂まであり、普通の飲食店や高級レストラン、スーパーマーケット、屋台、パン屋、雑貨屋、印刷業者、散髪屋、住居、必要なものは何でも揃っていた。1元で乗れる自転車があり、それに乗ればほとんどの場所を移動できた。遠くだとめんどくさくていいかと思うことでも近くだといってみようという気になり、大学にいながら様々な食を体験できた。食は日本食のような細やかさはないが、大量の火、油、化学調味料、スパイスを用いて、豪快に作っていて、油と辛さと塩分をがっつり味わうことができた。

 

せっかく中国に来たのだからとたまに大学外へも足を運んだ。

中国人学生が親切に提案してくれることは何でもやってみようとそんなに好きでもないバーとかもいってみた。せまいところが苦手な僕にとって人口密度が多くぎゅうぎゅうになって座った座席は不快で、ぼーっとしていたが、人が減ってからやったサイコロのゲームは面白かった。僕は中国語が話せずサイコロしかやらないから、相席にいた女の子はつまらなそうに帰って行った。たばこも何回かもらった。そんなにたばこも好きではないが、『たばこをすってるとかっこいいかも』という背伸び感と相手とおなじ空間を共有したいという思いで久しぶりに吸ってみた。意外と味は悪くなかったが、シンプルで薄いテイストで余り何も感じず何回か吸ってみて飽きがきた。

 

ほかにも滕王閣という中国の名所にいったり、最終日には中国式カラオケにも行ったりした。滕王閣での建物の上から眺める南昌の景色は、観光的にイメージされる中国像で、長い歴史や伝統の蓄積から来る風流を、建物が残っていなくとも連想させた。流れる川の大きさや空の高さから、異国の大地の大きさを感じた。カラオケでは日本と中国の歌を歌い、中国の歌の情緒に直接訴えかけてくる響きを知った。

 

僕の見た中国は細かいことを気にしないスケールの大きさがある国だ。裏を返せば大ざっぱで、日本のような細く複雑なコンテクストを持った表現は通じず、わかりにくいものは避けられる。政治的な言論の自由がなく、インターネットも規制されている中国が自由であるように感じたのは、大局的に大きく考え、個人が他人のふるまいに余り気を払わないことからであろう。学内でキックボードをしている人もいたし、歌を歌っている人もいた。そもそも多種多様な個人が雑然と生きている空間でいちいち人のふるまいに気を払っていればきりがない。そうした空間で過ごした期間は僕の心に新たな「中国らしさ」という引き出しを作った。そのひきだしが正しいのかわからないが、中国人は世界中どこにでもいるので世界のどこへ行ってもまた中国と向き合うことになるであろう。

 

中国から帰ってきてから、毎日中国語を勉強し、中華料理を作っている。そのモチベーションの源泉がどこの体験に由来するのかはわからない。ただ一つ言えるのは、自分一人では何もできなかったことだ。仲間に感謝すると同時に悔しさがあった。英語が話せれば、どこでも何とかなると思っていたが、何とかならない場所がたくさんあった。相手に与えられてばかりで、自分が与えられることは少なかった。

何かを食べに行く時も、料理を作る時も日本語ができる人の手助けなしに伝えきることはできなかった。 コミュニケーションが好きで、直接伝えたかった僕にとって、それが少し悔しかった。

ブレないこと

今までの人生ふらふらと色々なことをやってきた

スポーツではサッカー、バレー、ホッケーと色々とやらせてもらったし、

学業の面でも文系なのに数3や物理をやり、大学に入ってからも理系に混じって自然科学実験を取っていたりした。法学部だけれども、法律と政治で何度も興味が揺れ動いた。

色んなことをやっている中で、結果が出せたことも出せないこともあった。サッカーやバレーをやっていた頃はチームが何度も分裂したし、大学生活で一つやりきって結果を出したいと思って始めたホッケーは対戦相手が全くいないこと、ゆるいことに勝負事が好きな自分にはうまく打ち込みきれなかった。怠惰な性格だが勉強は昔から得意であり、小中高と成績はそこそこであったが、進路への思いの弱さから大学受験は失敗し、大学に入ってからはそこまで学業に重きは置けていない。

自分がふらふらと人生経験をした中で気付いたのは、ブレることなく何かに打ち込むことはやはり大切だということだ。そして、ここでいうブレないとは、ふらふら手をださないでなく、色んなことを経験する上でも自分の中に軸を持って、その経験を集中してやりきるという意味だ。

振り返ってみると、様々な体験をして自信をつけたことで今の自分がいる。うまくいったかどうかや取り組んだ数の大小よりも、その時その時心底打ち込めたかどうかが自信に繋がっている。打ち込めるかどうかはそこにこうしたいという思いがあるかどうかにかかっている

人、相手を尊重すること

自分の大事だと思うことを大事にして、自分の行動に責任を持つこと

を大切にしつつ

自分のやることに思いを持って

10年後や20年後にあの頃は最高だったと言えるような時間を過ごしたい。

 

2017年の抱負で人にやさしくとしたが、どんな相手でもお互い対等と考えて言いづらいことでも言うこと、相手の心理を想像し変化に敏感になることが優しさであり、尊重する姿勢だと思う。だから輪に入れていない人に気づけば放置せず誘導したいし、言いにくいことはしっかり言いたいし、言われたくないことも受け入れたい。

そして、面白いと思うことはポジティブに出来るやろってスタンスでどんどんやっていきたいし、どんどん手を広げたい。

今までのうまくいかんかったことも別に後悔もないし、全力でやってうまくいかんかったり、人に迷惑かけたら胸張って謝ればいいんやし

 

 

 

平等

国全体にとって一人一人の能力を最大限生かした状態がベストだとすると、個々人の能力に合わせた教育が必要だと思う。

この前、小学生が習っていない漢字を使うなと言われて、自分の名前の漢字を書けるのにひらがなで書いているとかいうのをみて、極めて不自然に思った。自分も算数の授業の時にxを使って習っていない解き方をするなと言われた。そして、ルールを守ることに固執して、そのルールを疑問に思わない子どもとかを見ると少し残念に思った。ルールが何のためにあるのか、自分なりにでも解釈しないとただの従順な大人になって、世の中に価値の生み出せない、機械に代替される人になってしまうからだ。自分は習ってっていないというだけで小学生の能力を抑圧するのではなく、個々人のユニークさを磨いて、突き詰めたものを持った人をそだてる教育が必要だと思う。ただ、束縛や型があるからこそ個人のユニークさを発揮できるという面はもちろんあるので、自分は現状の教育を否定したいわけではなく、現状の教育の枠からはみ出た子を否定しないことが大切だと考える。

自分は、結果の平等が果たされないのは、社会のニーズにこたえられない人が対価をもらえないのは当然だと思うので、ある程度は仕方ないと思う。しかし、持たざる者と持てる者の格差が広がりすぎると、社会全体にとって大きなリスクなので、持たざる者をいかに減らすかということが大事でしょ。逆に、機会の平等、特に教育の機会の平等は、どのような環境に生まれた人でも何かしらの才能をもっているだろうので、そこを有効活用するためにも必要だ。そう考えると、一人ひとりの子どもに合わせた教育をするためにも、教育の現場においては学校の先生の事務負担を減らし、人数を増加する、そしてそうなると学費も上がるのが自然ではないか。そして、単に学費を上げると貧困層にしわよせが来るので、所得に応じて、細かく学費を変えるのがよい。同じ教育を受けているのに、なぜ学費が違うのかという意見もあるかもしれないが、それこそが間違った平等の概念で、持てる富は社会に還元する、それこそが今後必要な多様性のある社会の形成につながってくる考えだ。

日本は不景気だとか、失われた20年だといわれているが、日本のGDPは0.5%~1%ずつ増えていて、震災などを除いてほとんどさがってはいないさがってはいない。実際2000万以上の収入がある人は、1985年は5万人程度だが、2013年に20万人を突破した。一方日本の平均年収は30代男性を例に挙げると平成9年に491万円、平成24年に430万まで下がっている。相対的貧困率(可処分所得が中央値の半分未満の人の割合)は、1985年の12.0%から2012年の16.1%へ上昇している。中間層以上とそれ未満が増えている現状を受け入れて、持てる層の持つお金をいかに世の中の発展のために引き出すかかんがえていかないといけない。

いじめ

金銭要求「いじめ認定困難」=教育長が見解、原発避難―横浜 (時事通信) - Yahoo!ニュース

中華料理屋のおやじと住職

ここ一週間で中華料理屋のおやじとお寺の住職と飯を食べる機会があった。

2人とも話好きで聞き役一方に回ったのだが、聞いているだけでも苦にならないような感心する話であった。2人の話を聞いて感じたのが、自分で決定権を持って仕事を回しているというプライドだ。中華屋のおやじは半世紀間一件の店を守り続けていたことに誇りを持っていたし、住職も誰にでもできる仕事かもしれないがほとんどの人がやろうとしない仕事で、人の死と向き合う大切な仕事だと誇りを持っていた。両者とも大きく仕事を拡大することができなかったと謙遜しつつも、店や寺をつぶさず、自分で裁量を持ってここまでやってきたことに自信を持っていた。中華屋は90分飲み放題6品付き1500円という破格の値段で、90分を過ぎた後もおやじの裁量で飲めたりする独特の店だ。お世話になった寺も葬式代は相手の言い値で決めるという独特のスタンスをとっていて、どちらも経営が理にかなったものとはいいがたい。だが、人と向き合ってきたことでこれまで信頼が蓄積されてきてこれまで生きてこれたのであろう。中華屋のおやじは誰にも気を遣わずはっきりものを言う点がかえって信用できるし、住職は、突然訪れた僕に、外食をふるまってくれ、ゴマ豆腐の作り方を教え、寝る場所まで提供してくれるという点で徳を感じた。

その寺では、坐禅を組ませてもらったが、住職は、無とは自分の体からこうしたいというベクトルが出ていないニュートラルな自分の原点のような状態だと教えてくれた。意識して動作をしないという点が重要で、背筋を伸ばすでもなく、丸めるでもなく、眠るでもなくはっきりするでもなく、力を抜いて、素の自分を見つめる。考え事をしてしまっても、その考え事の進む先へ身を任せてしまって、考えが切り替わるタイミングで無を感じる。こうした無になることは自分をコントロールするうえで大切なことだと思った。なぜなら、現代はニュースが氾濫していて、触れる機会も多いためつい集中力が欠けてしまい、自分自身を見失ってしまうことがあるからだ。本質的でない部分で悩んでしまったり、意味もない考え事でエネルギーを浪費してしまうので、禅を組んでフラットな自分に戻るのは大切だと感じた。時間や情報から自分を切り離した非日常な時間、それはやるべきことに追われてしまう今だからこそ、明確にやらないということを徹底できる時間だという上で、よい体験で頭がすっきりとした。

人の縁はどこでつながってくるかわからないし、何が仕事につながるかもわからない。住職と僕が知り合ったきっかけも、元をたどれば住職の妹と僕の大学の留学生のつながりからだと聞いた。 自分は意味もなく人と会うことは極力セーブしていきたい性分だが、こうしてお世話になった人や大事な人とのつながりは忘れずにしていきたい。